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箱根駅伝2015(復路)

てなわけで、見始めた時にはすでに青山学院大の一人旅状態でした。

いやぁ、それにしても強かった!

史上最高記録の10時間49分27秒。

6区から10区まで寸分の隙も無い盤石の走り。

すごかったなぁ。

2位以降の駒大、東洋大、明大、早大は抜きつ抜かれつの混戦状態で、見ている方もヒートアップしました。

活躍した選手の多くが1〜3年生だったので、来年も楽しみです(^o^)



| たまにはTVでも・・・ | 13:29 | comments(0) | - | ↑TOP
箱根駅伝2015(往路)

いやぁ、今年の箱根は見応えがありますね!

一区 駒大、青山学院大、明大、東洋大

二区 東洋大、駒大、青山学院大、明大

三区 駒大、明大、青山学院大、東洋大

四区 駒大、青山学院大、明大、東洋大

五区 青山学院大、明大、東洋大、駒大

往路全区で1〜4位が目まぐるしく変わる大接戦!

毎年のことながら、中継所でタスキを渡して倒れ込む選手たちを見ると胸が熱くなります。

今日は繰り上げスタートもなく、すべての出場校が明日へタスキをつなげました。

良かった良かった。

4位までのタイム差が7分25秒ですから、復路も何が起こるかわかりませんね。

とっても楽しみだけど・・・・起きれるかなぁ(^^;)


 

| たまにはTVでも・・・ | 23:13 | comments(0) | - | ↑TOP
紅白、見ましたか?

今年の紅白は「吉高由里子激励会」でしたね(苦笑)

歌い手より司会者に焦点をあてた演出もどうかと思いますが、普段テレビを見ない人なので結構楽しめました。

48軍団やジャニーズ、エグザイル一族、妖怪ウォッチはおいとくとして(笑)、May.Jを吹き飛ばしてしまった本家本元の『Let It Go』、最盛期の母を彷彿とさせた神田沙也加の歌いっぷり、それを涙ぐみながら見守る松田聖子、石川さゆりの圧倒的な歌唱力と美しい舞台装置、見るも痛々しい中森明菜、そして心が奮い立たされる想いがした中島みゆきの『糸』と『麦の歌』など、見所がたくさんありました。『花は咲く』や『NIPPON』も良かったなぁ。

小さい頃は大晦日というと「家族そろって紅白歌合戦」という感じでしたが、子どもたちはバラエティの方が良いようだし、おじいちゃんおばあちゃんたちも知らない歌手ばかりだし、一番楽しんだのはボクかもしれません(苦笑)

・・・・って、後半は自分の部屋で独りで見たのですが(^^;)

うーむ、これでいいのかニッポン。


 

| たまにはTVでも・・・ | 23:57 | comments(0) | - | ↑TOP
さようなら波平さん
視聴率は23.7%だったそうな。
2014年2月9日、故・永井一郎氏が最後に声をあてた『サザエさん』
何たって “ニッポンのお父さん” ですからね。
もちろん、ボクも見ましたよ。
偶然にも最後の1話は「波平 親切騒動」。
波平さんの人柄が偲ばれる良いエピソードで、しみじみしてしまいました。
・・・・って、亡くなったのは波平さんじゃないんだけど(苦笑)
でも、永井さんの声でこその磯野波平ですからね。


亡くなられた時にいろいろなエピソードが紹介されましたが、「うーん」と唸ってしまったのが、やはり波平さんに関する“秘話”でした。
永井さんは自分の演じるキャラクターについて、こんなことを考えたそうです。

「波平はずっと53歳です。サザエさんの連載が始まった昭和21年ならば日清戦争の前年(明治26年)の生まれ。アニメ放送が始まった昭和44年の53歳は大正5年生まれで、20代に太平洋戦争を経験している。そして今の波平も53歳で、これはもう戦後生まれです。この3人の波平は同じ人間でしょうか。この3人の戦争体験はそれぞれ違います。人間は時代によって作られるといいます。とすればこの3人の波平は完全に違う人間であるはずです。俳優の仕事は人間を一人つくることですが、私はどんな人間を作ればいいのでしょうか。波平を時代がつくった人間として捉えると、どうしても無理が生じます。そこで私は、“どんな時代にも通用する人間”としての波平を表現するようになりました。どんな時代にも通用する父親像。それは“理想的な父親”ということです」

「波平さん=ニッポンのお父さん」というイメージは、まさに永井さんの狙い通りだったのですね。
アニメのキャラクターを演じるのに、ここまで考えられていたとは!
これぞプロフェッショナル!
ボクも真摯に仕事をしなければ・・・・と、恥ずかしく思いました(^^;)
あらためて、永井一郎さんのご冥福をお祈りします。


| たまにはTVでも・・・ | 21:40 | comments(0) | - | ↑TOP
八重の桜(34)帰ってきた男

1875年ということは、会津戦争(戊辰戦争)から7年が過ぎているのですね。
八重にとって、この7年はどんな歳月だったのでしょう。
いずれにせよ、戦争で背負った心の傷はいまだ癒やされることはなく、八重は、「敵を赦し、愛せよ」というキリストの教えに強い違和感を覚えます。
そんな時、彼女の前に爽やかな風のように現れる新島襄!
いやぁ、これはキャスティングの勝利ですね。
オダギリジョーの「嫌みの無い真っすぐさ」に、八重じゃなくても惹かれてしまいます(笑)
新島“クウガ”襄は、さっそく八重にプロポーズ。
んんん!?
先週、尚之助と会ったばかりなのに!(>o<)

【追記】
山川浩は陸軍に入って佐賀の乱で名誉の負傷。
佐川官兵衛は警視庁に出仕。
維新後、会津藩の2人が「政府側」にいるのが面白いですね。
まぁ、士族は軍や警察に入るしか食い扶持を稼ぐ方法がなかったのかもしれませんが。
この後、2人は西南戦争で西郷隆盛と戦うことになります。
逆賊・会津の中心人物が、今度は「政府側」として逆賊・西郷を討つ!
・・・・歴史の巡り合わせってスゴイなぁ(^^;)


 
| たまにはTVでも・・・ | 17:11 | comments(0) | - | ↑TOP
八重の桜(33)尚之助との再会

女紅場で英語を学びながら、舎監として働き「先生」と呼ばれている八重。
数年前の会津戦争が嘘のようです。
本当にバイタリティあふれる女性ですね!
というか、新しい環境への順応性は女性の方があるのかもしれません。
この時代、士族をはじめとする多くの「旧時代の男たち」が行き場を失って滅んでいくのですから・・・・。
征韓論で敗れて下野した西郷“モニカ”隆盛、そして、八重の夫・川崎尚之助もまた「新しい船に乗れなかった男」として表舞台から消えていきます。
尚之助の優しくも寂し気な笑顔がたまりませんね(>o<)


 
| たまにはTVでも・・・ | 22:53 | comments(0) | - | ↑TOP
八重の桜(32)兄の見取り図

32回目にして、初めてのリアルタイム視聴です(苦笑)

今回は、目から鱗なエピソードがいくつかありました。
ボクが無知なだけかもしれませんが(^^;)
1つは、かの岩倉使節団の通訳を新島襄が務めていたということ。
もう1つは、使節団に同行した留学生の中に山川捨松がいたこと。
後の大山捨松ですが、なんと山川大蔵の妹だったのですね!
すごいなぁ!
だって、この人の旦那は大山巌。
あの会津戦争で砲撃を指揮した人ですよ(>o<)
今回も西郷隆盛のセリフに出てきた「八重に足を撃たれた弥助どん」です。
つまり、家族とともに鶴ヶ城に立て籠もった少女が、その城を攻撃して家族を殺し、会津を滅ぼした侍大将と結婚したわけです。
人の人生って想像を絶してますね(^^;)


一方、覚馬もまた仇敵(薩長)と組んで「自らが信じる新しい社会」を実現しようとします。
千年の都・京都の再建。
「新政府が捨てたこの町に、会津が命を賭けたこの場所に、俺は文明の街をつくる。そして、武力に負けねぇ強い国をつくる。学べ! これからの武器は学問だ!」
兄・覚馬の新たな戦いに共感する八重。
「学ばねば勝てねぇな!」
いやぁ、会津の人は強いですね!
負けても立ち上がる。
逆賊の汚名をはらそうと、率先して新しい時代の先頭に立とうとする。
覚馬、八重、捨松・・・・彼らにどのような未来が待っているのか。
京都編も楽しみです!(笑)



| たまにはTVでも・・・ | 23:59 | comments(0) | - | ↑TOP
八重の桜(31)離縁のわけ

1週遅れでの視聴です。

最北の地・斗南。
不毛の土地で寒さと飢えに苦しむ会津の人たち。
「いくさの後にこんなにも苦しいことが待っていたなんて」
「情けねぇ。生きるのがつらくて、恨みぶつける相手を捜している」
そんな中、米の買い付けに東奔西走し詐欺事件に巻き込まれた尚之助は、藩を守るために罪を一身に背負い、八重にも離縁状を送ります。
そんな尚之助を「望み通り」切り捨てる山川大蔵。
「俺は鬼だ! だが、このうえ借財を背負ったら斗南の士族1万8000人は間違いなくのたれ死ぬ!」


ところが、廃藩置県によって斗南藩はあっけなく消滅。
会津藩再興どころの話ではなく、新政府は士族(武士)をこの世からなくそうとしているのだった。
新しい日本を作ろうと命がけで立ち上がった幕末・維新の武士たち。
血で血を洗う争いの果てに誕生したのは、武士を必要としない新国家だった・・・・。
うむむむ。
やるせないですなぁ(>o<)
いったいこれまでの戦いは何だったのか?
武士たちは何のために命を散らせていったのか?
今後、急進的な改革に反発する人々が各地で一揆・反乱を起こしていきます。
そうか。次のクライマックスは西南戦争ですね?

一方、米沢の八重たちのもとには兄・覚馬からの使いが。
薩摩に殺されたと思っていた覚馬は、内縁の妻、娘とともに京都で暮らしていると言う。
妻・うらは一人娘を八重に託して会津へ。
「私にも女の意地がありやす」


八重と佐久、みねの3人は京都へ赴き、覚馬と9年ぶりの再会を果たします。
うーむ。
生死も分からぬまま9年も離れていたことを考えれば誰を責めることもできないけれど、ただただうらが不憫です(>o<)
内戦、身分制度の瓦解、革命的な社会の変化。
この時代は、どの家族にもいろんなドラマがおこったのでしょうね。



| たまにはTVでも・・・ | 02:00 | comments(2) | - | ↑TOP
八重の桜(30)再起への道

2週遅れでの視聴です。

敗戦から1年。
会津の女たちは、他藩の知り合いに身を寄せ、あるいは商家に囲われ、「逆賊の敗残者」としての辛酸をなめながらも力強く生きていました。
八重たちも米沢藩で反物の行商をして生計を立てています。
「今は生き抜くのが戦だ。生きていれば、いつか会津に戻れる日が来る」
むむむむ。
内戦の傷跡というのは想像以上に大きなものですね。
実際はドラマで描かれた以上に大変だったのだろうなぁ。

一方、東京で謹慎していた会津の男たちは、お家再興が叶い、北の新天地に想いを馳せます。
新しい藩名は「斗南」。
北斗以南皆帝州という言葉からつけた名前だそうな。
同じ頃、函館では戊辰戦争の最後の戦いが、旧幕府軍の降伏によって終結しようとしていました。
なんとここに、恭順を訴え会津を追放された頼母の姿が!
薩長に一矢報いて死のうというのでしょうか?
でも、またもや生き残ってしまいます(苦笑)
「わしは生きっど。生きて、会津を踏み潰した奴らがどんな世の中を作るか、この目で見届けてやる!」

それぞれに新しい道を歩み始めた会津の人々。
最後の八重の言葉がとても印象的でした。
「恨みを支えにしていては後ろを向くばかりで、前へ進めねぇのです」
次回からは京都編。
八重さんの物語もあと20話です。



| たまにはTVでも・・・ | 02:21 | comments(0) | - | ↑TOP
八重の桜(29)鶴ヶ城開城

3週間遅れでの視聴です。

ついに降伏を決意する会津藩主・松平容保!
多大な犠牲を払った戦いが終わりを告げます。
「義」を貫き、逆賊の汚名をきせられて滅んでゆく会津藩。
文字通り「すべて」を失くしたその責を一身に背負って生きていく容保の心中を思うと言葉がありません。
この戦争で自害していればどれだけ楽だったか。
維新後、生き延びてしまった彼が会津戦争について多くを語らなかったというのが分かる気がします。
 大きな白布に書かれた「降参」の文字。
 流血氈のエピソード。
 八重が城壁に刻んだ歌。
「明日の夜は  何国の誰か  ながむらん  なれし御城に  残す月影」
会津の人々の無念に胸がつまります。


 
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